DIC診断基準作成委員会(委員長,副委員長以外は50音順)
朝倉英策※1,†(委員長),高橋芳右※2(副委員長),内山俊正※3,† ,江口 豊※4,† ,岡本好司※5,† , 川杉和夫※6,† ,小林隆夫※7,瀧 正志※8,辻仲利政※9,松下 正※10,松野一彦※11,窓岩清治※12,† , 矢冨 裕※13,和田英夫※14(担当理事)
- ※1 金沢大学附属病院高密度無菌治療部〔〒920-8641 石川県金沢市宝町13-1〕
- ※2 新潟県立加茂病院内科〔〒959-1397 新潟県加茂市青海町1-9-1〕
- ※3 国立病院機構高崎総合医療センター臨床検査科〔〒370-0829 群馬県高崎市高松町36〕
- ※4 滋賀医科大学救急集中治療医学講座〔〒520-2192 滋賀県大津市瀬田月輪町〕
- ※5 北九州市立八幡病院 消化器・肝臓病センター外科〔〒805-8534 福岡県北九州市八幡東区西本町4 丁目18-1〕
- ※6 帝京大学医学部内科学講座〔〒173-8606 東京都板橋区加賀2-11-1〕
- ※7 浜松医療センター産婦人科〔〒432-8580 静岡県浜松市中区富塚町328〕
- ※8 聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院小児科〔〒241-0811 神奈川県横浜市旭区矢指町1197-1〕
- ※9 市立貝塚病院外科・消化器外科〔〒597-0015 大阪府貝塚市堀3丁目10-20〕
- ※10 名古屋大学医学部附属病院 輸血部〔〒466-8560 名古屋市昭和区鶴舞町65番地〕
- ※11 北海道大学病院検査・輸血部〔〒060-8648 北海道札幌市北区北14条西5丁目〕
- ※12 東京都済生会中央病院臨床検査医学科〔〒108-0073 東京都港区三田1-4-17〕
- ※13 東京大学大学院医学系研究科 内科学専攻 病態診断医学講座 臨床病態検査医学分野〔〒113-0033 東京都文京区本郷7-3-1〕
- ※14 三重大学大学院医学系研究科検査医学〔〒514-8507 三重県津市江戸橋2-174〕
† 日本血栓止血学会学術標準化委員会DIC部会
2014年に公表された「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」 1, 2)の評価を行い,その評価に従い播種性血管内凝固(DIC)診断基準の部分改訂を行ったので,評価内容(I)と部分改訂版(2017年版()II)を以下に記載する.なお,本稿では,血小板数,プロトロンビン時間比(PT比),フィブリノゲンならびにフィブリン分解産物(FDP)ならびにフィブリノゲン値を一般的止血検査と称する.
I.「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」の評価
「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」には,以下の評価されていない問題点があった.
- 1) 一般的止血検査に,血小板数の経時的減少,アンチトロンビン(AT),凝固活性化関連マーカーである可溶性フィブリン(SF)やトロンビン-AT 複合体(TAT)を加えることに有用性はあるか?
- 2) 旧厚生省DIC診断基準(旧基準)の特異性は充分継承されているか?
- 3) 旧基準でDICと診断する前に,DICの早期診断は可能か?
- 4) 生命予後を反映しているか?
DICにゴールドスタンダードは存在しないため,上記の問題を解決する方法として,暫定案に対してプロスペクティブな検討は現時点では困難と考えられた.そのため,統計の専門家の助言に基づき,レトロスペクティブに上記問題点を検討した.ここでは,感染症型3, 4),造血障害型5) ならびに基本型6)の「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」の検討報告の4論文を引用して,以上の問題点について述べる.
【対象症例】
表I-1に示すDIC疑い症例637例(感染症型130例,造血障害型274例,基本型233例)を対象とした.DICの診断は旧厚生省DIC基準によった.Pre-DICは,旧厚生省DIC基準によりDICと診断された症例の1週間以内をPre-DICと定義した.
【評価】
1) 一般的止血検査に血小板数の経時的減少,AT,SF/TATを加えた診断基準の有用性を検討
[方法] 基本型では一般的止血検査スコア,血小板数の経時的減少,ATならびにSF/TATのスコアの8つの組み合わせ,感染症型ではフィブリノゲンを除いた一般的止血検査スコアと,血小板数の経時的減少,ATならびにSF/TATスコアの8つの組み合わせ,造血障害型では,血小板数を除いた一般的止血検査スコアと,ATならびにSF/TATスコアの4つの組み合わせについて,DIC診断に対する有用性を検討した.有用性の検討は,Receiver Operating Characteristic curve (ROC)解析により,曲線下面積(AUC),感度,特異度,Odds比などを算出して行った.至適カットオフの決定は,感度曲線と特異度曲線の交点で,かつOdds比の高い点とした.
[結果] 感染症型(表I-2)3)ならびに基本型(表I-3)6)では,一般的止血検査,血小板数の経時的 減少,ATならびにSF/TATの組み合わせが,AUCならびにカットオフ値でのOdds比が最高であった.なお,至適カットオフ値は感染症型5点,基本型6点であった.造血障害型5)では,一般的止血検査スコア単独と一般的止血検査とATならびにSF/TATスコアの組み合わせ間に,著しいAUCの差はみられなかったが,カットオフ値(4点)でのOdds比は一般的止血検査とATならびにSF/TATスコアの組み合わせが最高値であった(表I-4).
[考案] 感染症における至適カットオフ値は5点と6点の間にあるが,odds比では5点が最も高く,6点では一部見逃されるDIC症例が存在すると考えられた.以上の結果から,一般的止血検査にAT,血小板数の経時的減少ならびにSF/TATの組み合わせが,最も旧厚生省基準DICの診断に一致していると考えられた.カットオフ値は,造血障害型4点,感染症型5点ならびに基本型6点にするのが最適と考えられた.
表I-1 対象症例
文献I-3–6)から抽出
DICの診断は厚生省DIC基準によった.
Pre-DICは,厚生省DIC基準によりDICと診断された症例の1週間以内をPreDICとした.
表I-2 感染症型における,止血系検査の組み合わせとDIC,Pre-DICの診断能
GCT, global coagulation test; PLT, platelet count; AT, antithrombin; SF, soluble fibrin; TAT, thrombin AT complex; AUC, area under the curve.
文献I-3)から抽出
2) 旧厚生省DIC診断基準(旧基準)の特異性は充分継承されているか?
[方法] 旧厚生省DIC診断基準(旧基準)DICとの診断一致率を検討した.すなわち,ROC解析により感度ならびに特異度を算出した.
[結果] 一般的止血検査にAT,血小板数の経時的減少ならびにSF/TATの組み合わせの「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」は,旧厚生省DIC診断基準によるDICを診断する感度ならびに特異度は,感染症型(5点)97.8%ならびに93.7%,造血障害型(4点)97.8%ならびに93.7%,基本型( 6点)98.4%ならびに94.8%であった(表I-5).
[考案] 「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」は,旧厚生省DIC診断基準によるDICを,93%以上の感度と特異度で診断し,旧厚生省DIC診断基準の特異性を充分継承していると考えられた.
表I-3 基本型における,止血系検査の組み合わせとDIC,Pre-DICの診断能
GCT, global coagulation test; PLT, platelet count; AT, antithrombin; SF, soluble fibrin; TAT, thrombin AT complex; AUC, area under the curve.
文献I-6)から抽出
表I-4 造血障害型における,止血系検査の組み合わせとDIC,Pre-DICの診断能
GCT, global coagulation test; PLT, platelet count; AT, antithrombin; SF, soluble fibrin; TAT, thrombin AT complex; AUC, area under the curve.
文献I-5)から抽出
3) 旧基準でDICと診断する前にDICの早期診断は可能か?
[方法] 早期診断能を評価するため,旧厚生省基準によるDIC発症前1週間以内の症例(Pre-DIC)を含めたDIC診断において,一般的止血検査に血小板数の減少,ATならびにSF/TATスコアを種々に組み合わせた「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」が,どの程度早期にDICを診断できるか(診断能力)を検討した.
[結果] 感染症型,造血障害型ならびに基本型とも,一般的止血検査スコアと,血小板数の経時的減少,ATならびにSF/TATスコアの組み合わせが,感染症型(5点),造血障害型(4点),基本型( 6点)で,DICの診断と比べて低下するものの,Odds比は最も高値であった(表I-2~4).以上のことから,DIC発症前1週間以内の症例を加えてもDIC診断と同様に,一般的止血検査スコアと,血小板数の減少,ATならびにSF/TATスコアの組み合わせが,最も良いと判定された.早期DICを含むDICを診断する感度ならびに特異度は,感染症型(5点)97.8%ならびに82.4%,造血障害型(4点)97.2%ならびに77.2%,基本型(6点)98.4%ならびに79.3%であった.
[考案] 一般的止血検査スコアと,血小板数の経時的減少,ATならびにSF/TATスコアを組み合わせた「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」が,DIC発症前1週間以内の症例を含むDICの診断に,充分な感度とある程度の特異度を担保していると考えられた.
表I-5 日本血栓止血学会DIC診断基準のDICならびに「DIC+Pre-DIC」診断の 感度と特異度
表I-6 予後とDICスコアの関係
4) 生命予後を反映しているか?
[方法] 一般的止血検査,血小板数の経時的減少,ATならびにSF/TATのスコアの8つの組み合わせと生命予後との関係を,ROC解析で検討した.
[結果] どの診断基準の組み合わせでも,生命予後に対するAUCやOdds比に,大きな差はみられなかった.また,DICスコアと生命予後との関係を検討すると,感染症型では旧厚生省,ISTHならびに急性期DIC診断基準で,DICと診断する最低値に,死亡のOdds比の最低値がきた(表I-6) 4).一方,造血障害型ではDICスコアが高くなるほど死亡のOdds比は高値を示した(表 I-6) 5).
[考案] DICのゴールドスタンダードは存在しない.また,DICの治療により予後は改善する.そのため,治療しない場合は予後に対するOdds比が高い方が良い診断基準と言えるが,治療群では予後に対するOdds比が改善する方が,良い診断基準といえる.ほとんどの症例がDICの治療をなされている日本では,治療の種類や強度ならびに時期が異なるために,評価は困難である.
しかし,今回の検討からは,造血障害型ではDICスコアの増加に従い予後に対するOdds比が増加するので,早期でのDIC治療が良く,感染症型DICではDIC診断後に予後に対するOdds比が最低になるので,DIC診断後の治療が良いことが示唆された.
結論
「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」では,一般的止血検査,血小板数の経時的減少,ATならびにSF/TATのスコアの組み合わせが,DICならびに早期DICの診断に最も良かった.また,至適カットオフ値は基本型ならびに造血障害型では,暫定案通り6点と4点が最適であった.一方,感染症型では見逃しを防ぐ意味でもカットオフ値は5点にすべきであると考えられた.以下 IIに,「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」を一部修正して,「日本血栓止血学会DIC診断基準改訂版」(2017年版)として示した.
文献( I.「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」の評価)
- 1) 日本血栓止血学会 DIC診断基準作成委員会:日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案.血栓止血誌 25: 629– 646, 2014.
- 2) Asakura H, Takahashi H, Uchiyama T, Eguchi Y, Okamoto K, Kawasugi K, Madoiwa S, Wada H; DIC subcommittee of the Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis: Proposal for new diagnostic criteria for DIC from the Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis. Thromb J 14: 42, 2016.
- 3) Aota T, Wada H, Yamashita Y, Matsumoto T, Ohishi K, Suzuki K, Imai H, Usui M, Isaji S, Asakura H, Okamoto K, Katayama N: An Evaluation of the Modified Diagnostic Criteria for DIC Established by the Japanese Society of Thrombosis and Hemostasis. Clin Appl Thromb Hemost. 2016 Jan 1. doi: 10.1177/1076029616654263. [Epub ahead of print]
- 4) Wada H, Matsumoto T, Aota T, Imai H, Suzuki K, Katayama N: Efficacy and safety of anticoagulant therapy in three specific populations with sepsis: a meta-analysis of randomized controlled trials: comment. J Thromb Haemost 14: 2308–2309, 2016.
- 5) Aota T, Wada H, Fujimoto N, Sugimoto K, Yamashita Y, Matsumoto T, Ohishi K, Suzuki K, Imai H, Kawasugi K, Madoiwa S, Asakura H, Katayama N: The valuable diagnosis of DIC and pre-DIC and prediction of a poor outcome by the evaluation of diagnostic criteria for DIC in patients with hematopoietic injury established by the Japanese Society of Thrombosis and Hemostasis. Thromb Res 147: 80–84, 2016.
- 6) Aota T, Wada H, Fujimoto N, Yamashita Y, Matsumoto T, Ohishi K, Suzuki K, Imai H, Usui M, Isaji S, Uchiyama T, Seki Y, Katayama N: Evaluation of the Diagnostic Criteria for the Basic Type of DIC Established by the Japanese Society of Thrombosis and Hemostasis. Clin Appl Thromb Hemost. 2016 Oct 11. pii: 1076029616672582.
II.「日本血栓止血学会DIC診断基準 2017年版」
1.目的
DICの診断基準としては,旧厚生省DIC診断基準(旧基準),国際血栓止血学会(ISTH)DIC診断基準(ISTH基準),日本救急医学会急性期DIC診断基準(急性期基準)が日本では良く知られている1–6).
ISTH基準は感度が悪い,急性期基準は全ての基礎疾患に対して適用できないなどの問題があるため,現時点では旧基準が最も評価の定まった基準である.しかし,旧基準にも数々の問題点(とくに感染症に感度が悪い,分子マーカーが採用されていない,誤診されることがあるなど)が指摘されており,この改訂が重要課題となっていた.
DIC診断基準の改訂は,日本におけるDICの臨床と研究を向上させる上で大きな意義を有すると考えられる.ただし,今回発表する基準は暫定案であり,検証作業を行う予定である.
2.理念
日本血栓止血学会DIC診断基準作成委員会は,次に揚げる理念のもとに,「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」を作成した.
- 1) わが国の日常臨床において利用価値の高いものであること.
- 2) 診断に基づいた治療介入により予後を改善し得ること.
- 3) 臨床研究の向上に寄与するものであること.
- 4) 科学的検証作業により精度を向上させること.
3.経緯
1) DIC診断基準作成委員会の設置申請
日本血栓止血学会学術標準化委員会の播種性血管内凝固症候群(DIC)部会(以下,DIC部会)では,平成21年に発刊された「科学的根拠に基づいた感染症に伴うDIC治療のエキスパートコンセンサス」 7)の作成をはじめ,DICの臨床,研究,教育レベルの向上に貢献できる多くの活動を行ってきた.このエキスパートコンセンサスは治療ガイドラインに準じた優れた指針を示し,臨床上の有益性が極めて高いものであった.
DIC診断基準に関しては,現行の基準には多くの問題点があり,DIC部会で長年にわたり数多くの議論が重ねられてきたが,意見の収束がみられないままの状態が持続していた.そのような背景のなか,平成24年5月10日にDIC部会は日本血栓止血学会理事会に対して「DIC診断基準作成委員会」設置を申請し,平成24年7月に委員会設置が決定された.
2) DIC診断基準作成委員会メンバー
日本血栓止血学会理事会の諮問機関としてDIC診断基準作成委員会が設置され,以下のメンバーが選任された.委員長:朝倉英策(DIC部会),副委員長:高橋芳右(部会外委員),委員:矢冨裕(部会外委員),松下正(部会外委員),岡本好司(DIC部会),窓岩清治(DIC部会),内山俊正 (DIC部会),川杉和夫(DIC部会),江口豊(DIC部会),辻仲利政(外部委員,外科領域),小林隆夫(外部委員,産婦人科領域),瀧正志(外部委員,小児科領域),松野一彦(外部委員,検査血液学領域)(13名,そのうちDIC部会からの6人が含まれる).また,和田英夫が,担当理事となった.
3) 会合
DIC診断基準作成委員会は,第1回(平成24年9月10日),第2回(平成25年2月4日),第3回(平成25年6月10日),第4回(平成25年12月28日)と会合が重ねられ,数多くの議論がなされてきた.また,これらとは別に第1回と第2回委員会会合の間にSSC/DIC部会員による文献検索の作業が行われた.また,第3回と第4回委員会会合の間には,SSC/DIC部会会合が長時間にわたって行われた(平成25年10月28日).また,平成29年1月15日の委員会では暫定案の解析結果につき議論が行われ,若干の修正を加えた上で暫定案ではなく本案として支障ないと委員会内で全会一致での結論が得られた(前述のI.「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」の評価).
4) 新しいDIC診断基準
今回提出するDIC診断基準「日本血栓止血学会DIC診断基準 2017年版」(以下,新基準)は,委員会で行われた数多くの議論の集大成と言えるものである.ただし,今回提出する新基準に関しては,種々の医療機関で検討されることが望まれる.その結果を踏まえ,新基準に修正が加えられる可能性もある.
4.議論内容
これまでに委員会で行われてきた議論の内容について,その概略を記載したい.
1) DIC診断基準の基本的考え方
診断基準作成には大きく3つの方法がある.一つは,DICの定義から作成するものである.ISTHのovert DIC基準はこれに相当する.DICはエビデンスの乏しい領域であるため,エビデンスのない部分を定義から作成しようとする考え方である4).
二つ目は,生命予後を反映した基準を目指すものである.実際,既存のほとんどの診断基準は生命予後を反映している.生命予後をエンドポイントして作成したDIC診断基準はないが,副次的にDIC診断基準が生命予後を反映するという論文は多い8–11).
三つ目は,専門家がDICと診断する症例を収集して診断基準を作成する方法である.旧基準はこの手法を用いている12, 13).
また,欧文論文化された英国,日本,イタリアのDIC診療ガイドラインにおいてはいずれも,DICの診断にはスコアリング法が推奨されている.実際,旧基準,ISTH基準,急性期基準ともにスコアリング法による診断が行われている14–17).
まず,旧基準の修正を行う方法が良いのか,全く新規の基準を作成する方法が良いのかについて,委員会で議論がなされた.その結果,日本においては,旧基準を用いて各種薬剤のDIC臨床試験が行われてきた長い歴史があるため,全く新規の基準を作成するのは不適当であり,旧基準を基本にすべきであると結論付けられた.必然的にスコアリング法による基準とすることとした.次に,分子マーカーを用いた解析などによって,DIC病態は基礎疾患によって大きく異なっている7, 18–23)ことが明らかになっている現在,一つの基準で全てのDICを診断することの限界が指摘された.基礎疾患によってDIC基準を使い分けるべきとの意見に収束された.ただし,あまりに分類が多いと煩雑であるために,基本型となる基準はもちつつも,造血障害型,感染症型に対しては異なる診断項目の組み合わせにより診断することとなった.とくに,旧基準は血液疾患においては優れているが感染症においては診断能力が弱いので,この点の修正が必要とされた.また,新基準を適用できない領域があればその点を明記することとした.さらに,臨床医が診断基準を使いやすいように,アルゴリズムを作成することとした.
旧基準ではDICが誤診される場合があるが,とくに肝疾患に伴う凝固異常が,DICと誤診される場合が少なくないために,その対応が重要と結論された.
2) 急性期基準,ISTH基準との関係
救急領域や外科領域においては,旧基準による診断では手遅れになることが多いために急性期基準が作成された経緯がある5, 6).しかし,急性期基準は,感度は高いもの特異度が低い10)との指摘が多く,また,DICの本態を反映する凝固活性化関連分子マーカーも採用されていない.急性期基準の検証は救急領域の症例を集めて行われており,急性期と命名されているが,本来は救急領域の基準としての位置付けである.
ISTH基準は日本の旧基準を模して作成されたものであるが,旧基準よりもさらに感度が悪い24).また,発展途上国でも診断できることを想定しているため,現在の日本の医療水準に必ずしも見合っていない.
3) 基礎疾患/基礎病態
旧基準においては「基礎疾患あり」で1点加点されるが1–3),基礎疾患のない症例は存在しないために診断には影響を与えず,この加点は意味をなしていない.診断基準から削除すべきである.
基礎疾患あるいは基礎病態ごとにDIC病態に差異が存在し7, 18–23),診断に有用な検査項目が異なるため,アルゴリズムを用いて基礎疾患や基礎病態を分別して病態別の診断基準を用いるべきである.とくに,血小板数の低下がDICのみに起因しない症例(造血障害をきたした症例など)では血小板数でスコアリングができないため1–3),必ず区別すべきである.
4) 臨床症状の取り扱い
DICにおける臨床症状は非特異的であり,基礎疾患やDIC以外の合併症による症状なのかDICによる症状なのか区別が困難である.また,臨床症状の種類や頻度は,基礎疾患により初めから一定の傾向がある11, 13, 22, 25–27).
さらに,臨床症状が出現しないとDICと診断されないようでは,早期診断に支障をきたすことになる.
臨床症状を診断基準から削除することにした.
ただし,臨床症状(臓器障害)を基準に組込まない場合には,プロトロンビン時間,アンチトロンビン活性などの臓器障害を反映するマーカーを組込んだ方が良いという意見があった.同様に出血症状を組込まないことに対しては血小板の経時的減少(減少率)をスコア化すれば有用とする意見もあった.
5) FDP,D-ダイマーの取り扱い
DIC診断におけるFDPやD-ダイマーの意義は大きく,実際ほとんどのDIC診断基準において重要検査項目として採用されている1–6, 14–16).
ただし,FDPやD-ダイマーは,感度は高いが特異度は低い点に注意が必要である.例えば,深部静脈血栓症,肺塞栓,大量胸腹水,大皮下血腫などでもしばしば上昇する28–34).この点についての注意喚起を行うこととした.
FDPとD-ダイマーは対象とする分子種が必ずしも一致しないので,両者を測定する医学的意義はある.例えば,DICにおいてはフィブリンのみならずフィブリノゲンも分解されるが35),線溶系活性化が高度であるとフィブリノゲン分解が多くなりFDPは著明に上昇するがD-ダイマーは中等度の上昇にとどまりFDPとD-ダイマーの間に乖離現象を生じる(D-ダイマー/FDP比が低下する)35–40).ただし,同時測定を行うと保険査定される地域があるために,漫然とFDPとDダイマーの両者を測定するのは控えるべきである.
急性期基準においてはFDPとD-ダイマーの換算表が作成されているが6),以下のような問題がある.すなわち,日本で使用されている全ての試薬が取り上げられていない,複数試薬を持っているメーカーもあるが配慮されていない,同じ母集団での換算表ではないので科学的に問題がある,そもそもDIC症例での換算表でない,DIC症例であったとしても基礎疾患によっても換算式が変わってくる,などである.FDPとD-ダイマーの換算表の作成は科学的には不可能であると結論付けられた.
最近のFDPは,血清FDPから血漿FDP(12社)に切り替わってきているが,血漿FDPは試薬間差が大きくなっている38).とくに,線溶活性化が高度でフィブリン/フィブリノゲン分解が進行した場合には,血漿FDPでは検出しにくくなる試薬もある.D-ダイマー(15社)は,血漿FDPよりもさらに試薬間差が大きい.
このような背景のもと,まずはD-ダイマーではなくFDPでDIC疑い症例の拾い上げをすべきではないかと考えられる.なお,旧基準におけるFDPの区切り値は,ラテックス凝集法による半定量だった時代のものであるため10,20,40 μg/mLと言った区切り値になっているが,これまでのところ現行のDIC診断基準におけるFDP区切り値を上まわるエビデンスはない.
6) 血小板数の取り扱い
前述のように,造血障害型は血小板数を診断基準に用いることはできないため充分に注意される工夫が必要である.
造血障害型以外においては,血小板数はFDPやD-ダイマーと同様にDIC診断に重要な検査所見である.ただし,DIC以外の原因で血小板数が低下する疾患も多いため,鑑別すべき疾患を挙げて注意喚起する必要がある.血小板数低下は,DIC診断上,感度は高いが特異度は低いと言える10, 14, 24, 41).
また,血小板数の経時的変化は重要である.例えば,血小板数が12万/μLより高値であっても,血小板数が経時的に減少している場合にはDICの可能性があるために,血小板数とは別に血小板減少率にスコアを与える意義がある5, 6, 42, 43).
7) 血漿フィブリノゲンの取り扱い
DICを診断する上において,フィブリノゲンは,特異度は高いが感度は低いマーカーである12, 13, 26, 44, 45).とくに炎症性疾患では,DICと思われる症例であってもフィブリノゲンは低下せず,むしろ上昇することも少なくない46).急性期基準は,当初作成された基準にはフィブリノゲンが採用されていて5点以上でDICと診断されたが,具体的にフィブリノゲンの診断意義を見出すことができずに,フィブリノゲンが削除されて4点以上でDICと診断される基準に修正された5, 6).これは,感染症に起因するDICでの解析が多かったためと考えられる.フィブリノゲンがマーカーとして価値が高い基礎疾患もあり,例えば,固形癌,造血器悪性腫瘍,産科合併症,頭部外傷,大動脈瘤などではフィブリノゲン低下がみられやすく重要な所見である47–51).
このような背景のもと,アルゴリズムの分類により基礎疾患別に適用する診断基準の検査評価を変えて対応した.すなわち感染症型を基礎疾患とする場合,急性期反応蛋白として変動するフィブリノゲンをスコアから除くこととした.
8) プロトロンビン時間の取り扱い
プロトロンビン時間(PT)をDIC基準に組込むかどうかについては委員の間で,賛否両論が出された.
PTを採用すべきとする理由としては,PTは臓器障害を反映することができる,感染症症例ではPT延長の症例は予後不良という報告があるというものであった12, 13, 27, 52–54).
一方で採用する必要はないという意見も出された.その理由としては,PTは肝疾患やビタミンK欠乏症でも延長するために,DICに特徴的なマーカーではない点が指摘された.
DIC診断におけるPTの感度,特異度を検討した論文は,感染症症例がほとんどであり,他の基礎疾患での検討はほとんどない12, 13, 26, 44, 46).本来は,感染症,造血器悪性腫瘍,固形癌などに分類して検証すべきである.
最終的には旧基準ではPTが長年に使用されてきた実績があり,PTを採用することになった.なお,PTの表記を旧基準で用いられてきた「PT比」表示にすべきか,「INR」表示にするかに関しても議論された.INRはワルファリン服用者では値が収束するが,肝疾患やDICでは収束しない.INR(liver)が提唱されて55, 56),これは肝疾患では値が収束するが,DICではやはり収束しない.DIC診断にPTを用いる場合には,現時点ではPT比にせざるを得ない(INRよりは良い)と結論付けられた.ただINR表記が普及している現状に配慮し,PT試薬のISIが1に近い場合はPT比をINRで代用できるとした.
9) 凝固線溶系分子マーカーの取り扱い
DICの本態とも言える凝固活性化を反映する分子マーカーであるトロンビン-アンチトロンビン複合体(TAT),可溶性フィブリン(SF),プロトロンビンフラグメント1+2(F1+2)を診断基準に取り入れるかどうかに関しても,委員の間で賛否両論が出された.
支持する委員の意見としては,DIC診断基準の感度・特異度の両者を向上させる観点で分子マーカーの意義を求めるべきである25, 57–61),TATやSFはどちらも全く正常であればDICは否定的であるなど除外診断的に用いる意義がある,現状ではこれらのマーカーを院内測定していない施設の方が多いが診断基準に採用することで普及が期待される,院内測定していない施設であっても後日に結果を確認することで誤診対策になる,などの理由が挙げられた.
一方で否定的な委員の意見としては,即日結果の出ない施設の方が多い,これらの分子マーカーは,とくに小児科では採血が困難な患者も多く偽高値となりやすい62),などの理由が挙げられた.
結論としては分子マーカーを支持する委員が大勢を占めたために,分子マーカーを採用することとした.ただし,どの分子マーカーが最も良いかに関しては今後の検討課題であり現時点では未解決であるため,新基準には3つの凝固活性化マーカーを全て記載することとした.また分子マーカーのカットオフ値を設定せず,基準範囲上限に対する上昇の程度でスコアを与えた.除外診断的に用いるというのも理にかなってはいるが,分子マーカーが基準範囲内であればマイナススコアにするという方法では,後日検査がかえってきて診断が反転してしまう懸念があるために,この方法は採用しないこととした.
わが国では,可溶性フィブリンモノマー複合体(SFMC)測定試薬として,フィブリンモノマー複合体(FMC;ロッシュ)と可溶性フィブリン(SF;LSIメディエンス,積水メディカル)がある63–65).FMCはFDP分画も測りこんでいるためにFMCとFDPの同時測定は意味がないのに対して,SFは純粋に凝固活性化を評価しているために有用との意見が何人かの委員から出された.ただし,SFとFMCが必ずしも意識して区別されていない現在の臨床環境を考えると,現時点では両者を厳密に区別して扱わなくてもよいとの意見に集約された.
「新DIC診断基準作成のためのアンケート」が,松野委員によって施行された.対象は日本検査血液学会評議員が存在する検査部門であり,分子マーカーを含めた凝固線溶関連検査の院内測定率が調査された.その結果,FDP 95.3%,D-ダイマー97.7%であったが,全ての施設でどちらかが院内測定であった.分子マーカーに関しては,TAT 25.0%,SFまたはFMC 33.6%と,後者の方が普及していた.この理由は,測定方法がTATはELISA法,SF/FMCはラテックス法であるためと考察された.
10) アンチトロンビン活性(AT)の取り扱い
ATをDIC診断基準に組込むかどうかに関しては,委員会でも多くの賛否両論が出された.AT採用に肯定的な複数の委員からは,治療法選択に直結する(DICに対するAT濃縮製剤の使用は日本ではAT70%以下で認められている),感染症においてはATを採用することでDIC診断の感度が向上する,予後を評価できる46, 66–79),診断基準から臨床症状(臓器障害)の項目を削除する場合は臓器障害を反映するマーカー(AT,PT)を組込んだ方が良い,などの意見が出された.AT採用に否定的な複数の委員からは,DICの機序によりATが低下することはまれでDICに特異的な指標ではない(特異度が低下する)25, 26, 43, 80),ATはほとんど肝でのタンパク合成障害か炎症時の血管外への漏出を反映している,ATは血清アルブミンと相関する81–84),基礎疾患によって低下度が異なる,診断基準が煩雑になる,などの意見が出された.
なお,AT低下はDICに特異的なマーカーではないという意見に対しては,DIC以外の原因により変動するマーカーはAT のみでなくほとんどのマーカーが該当するという意見が,AT採用に肯定的な委員より出された.
暫定案の解析結果を踏まえて,結論としては,新基準にはATを組込むこととした(前述のI.「日本血栓止血学会DIC診断基準暫定案」の評価).
11) 産科領域の取り扱い
産科では,現在産科DICスコアが使用されている.産科DICは極めて急激な経過をとるため基礎疾患と臨床症状で速やかに診断して治療する必要がある.早期に治療開始を可能にするこの産科DICスコアは極めて有用で,わが国では広く使用されている(日本産婦人科・新生児血液学会 http://www.jsognh.jp/dic/).
また,正常妊娠であっても,FDP,D-ダイマー,TAT,SF,F1+2などのDIC関連マーカーは上昇する85)ために,これらのマーカーが高値であったとしてもDICとは言えない.新基準が血液凝固線溶検査を主体とした診断基準となる場合には,産科DICには適用できないと意見された.
なお,フィブリノゲンは,産科領域ではDIC診断のための血液検査の中では最も重要なマーカーであるにもかかわらず,急性期基準では採用されていないため,急性期基準を産科領域には使用することができない.産科の立場からは急性期という命名に問題がある.
12) 小児科領域の取り扱い
新生児のDIC診断に関しては,旧基準をベースに修正する場合は適用できない可能性が高いと意見された.新生児の凝固・線溶活性は成人と大きく異なる項目があることがその理由である.
また,小児とくに新生児では採血量に限界があるため,検査項目は出来るだけ少なくしたい.TATやSFなどの凝固活性化関連マーカーは,採血が困難な症例(小児など)では試験管内凝固により偽高値になりやすい(誤診につながる)62).ただし,TATやSFが正常であればDICを否定するというような用い方であれば適用できる余地がある.
これらの意見を集約して最終的には,新基準は新生児領域には適用しないこととした.
13) 誤診対策
旧基準では,肝不全によりPT延長,フィブリノゲン低下,血小板数低下,肝不全にさらに大量腹水を有するとFDPやD-ダイマーも上昇する32)ような症例が誤診されやすかった.
肝不全症例は誤診されないような工夫をする必要性が指摘された.
14) その他の分子マーカーの取り扱い
DICの診断がなされた後に,さらにDICの病型分類,病態評価を行う際に有用なマーカーが知られており,「DIC診断に関連する検査と意義」についても表として記載することとした.
線溶活性化の評価のためにはプラスミン-α2 プラスミンインヒビター複合体(PIC)やα2 プラスミンインヒビター(α2PI)は必要不可欠なマーカーであり7, 18–23),予後を評価するためには凝固阻止因子であるプロテインC78, 86–88),線溶阻止因子であるプラスミノゲンアクチベーターインヒビター-1(PAI-1)77, 89–93),核内分子であるHMGB-194, 95),顆粒球エラスターゼによるフィブリン分解産物であるe-XDP96–101)は優れたマーカーである.
5.新しいDIC診断基準
上記のような委員会での議論を踏まえて,新基準を提案する.
1) DIC診断基準適用のアルゴリズム(図II-1)
DICを疑った時点でこのアルゴリズムに従う.どのような場合に疑うかに関しては脚注に示されているように,DICを発症する可能性のある基礎疾患を有する場合(表II-1),説明の付かない血小板数減少・フィブリノゲン低下・FDP上昇などの検査値異常がある場合,静脈血栓塞栓症などの血栓性疾患がある場合などである.
新基準は,産科,新生児には適用しないために,これをアルゴリズムの最初のステップで示した.
造血障害,すなわち骨髄抑制・骨髄不全・末梢循環における血小板破壊や凝集など,DIC以外にも血小板数低下の原因が存在すると判断される場合には,血小板数を用いてDICの診断をすることができないため,「造血障害型」の診断基準を使用する.この基準では血小板数でのスコアリングを行わない.寛解状態の造血器腫瘍の場合は,DIC診断に血小板数を用いることができるため,造血障害はないと判断する.
造血障害が存在しない場合には,感染症の有無を判断する.感染症があれば,「感染症型」の診断基準を適用する.この基準ではフィブリノゲンでのスコアリングを行わない.造血障害および感染症がともになければ,「基本型」の診断基準を使用する.
基礎病態を特定できない場合は基本型を使用する.また,固形癌に感染症を合併した場合など,DICをきたし得る基礎疾患が複数存在するような場合には「基本型」を用いる.DICと誤診されやすい病態である肝不全では,3点減ずる.
図II-1 DIC診断基準適用のアルゴリズム
- ・ DIC疑い(※1): DICの基礎疾患を有する場合(表II-1),説明の付かない血小板数減少・フィブリノゲン低下・FDP上昇 などの検査値異常がある場合,静脈血栓塞栓症などの血栓性疾患がある場合など.
- ・ 造血障害(※2):骨髄抑制・骨髄不全・末梢循環における血小板破壊や凝集など,DIC以外にも血小板数低下の原因が存 在すると判断される場合に(+)と判断.寛解状態の造血器腫瘍は(−)と判断.
- ・ 基礎病態を特定できない(または複数ある)あるいは「造血障害」「感染症」のいずれにも相当しない場合は基本型を使用す る.例えば,固形癌に感染症を合併し基礎病態が特定できない場合には「基本型」を用いる.
- ・ 肝不全では3点減じる(表II-3の注を参照)
2) DICの基礎疾患
DICには多くの基礎疾患が知られている.代表的な基礎疾患を表II-1に示した.産科合併症,新生児の疾患においても,それぞれ特徴的なDICの基礎疾患が知られている.具体的なDIC基礎疾患としては,産科合併症としては常位胎盤早期剝離,羊水塞栓症,DIC型後産期出血,子癇などが知られており,新生児の疾患としては新生児仮死,感染症,母体の常位胎盤早期剝離,多胎の一児胎内死亡,呼吸窮迫症候群,脳室内出血などが知られている.
ただし,新基準は産科・新生児領域の疾患に適用しないために,表II-1には示していない.
3) 鑑別すべき代表的疾患・病態
DICとの鑑別が必要となる代表的疾患・病態を表II-2に記載した.
DICの特徴的検査所見でもある,血小板数低下,FDP上昇,フィブリノゲン低下,プロトロンビン時間延長,AT活性低下,凝固活性化関連分子マーカー(TAT,SFないしはF1+2上昇)の各検査所見に関しての鑑別すべき代表的疾患・病態を示した.ただし,表II-2に示された疾患にDICを合併することもあるために注意が必要である.
4) DIC診断基準
アルゴリズム(図II-1)によってどの診断基準を適用するか決定された後に,表II-3を用いてDICの診断を行う.基本型では,血小板数,FDP,フィブリノゲン,プロトロンビン時間比,AT活性,凝固活性化関連分子マーカー(TAT,SFないしはF1+2上昇)の結果を用いてスコアリングを行う.造血障害型では血小板数をスコアリングしないことを明示しており,感染症型ではフィブリノゲンをスコアリングしない.スコアの合計を行い,基本型では6点以上,造血障害型では4点以上,感染症型では5点以上でDICと診断する.肝不全では3点減じることを表中でも明記した.旧基準1–3)では採用されていた基礎疾患や臨床症状でのスコアリングは,新基準では削除した.
表II-1 DICの基礎疾患
注)産科領域,新生児領域において,それぞれ特徴的なDICの基礎疾患があるが,両者とも本診断基準を 適用しないので,ここには示していない.
表II-2 鑑別すべき代表的疾患・病態
血小板数低下
1.血小板破壊や凝集の亢進
- ・ 血栓性微小血管障害症(TMA):血栓性血小板減 少性紫斑病(TTP),溶血性尿毒症症候群(HUS), HELLP症候群,造血幹細胞移植後TMA
- ・ ヘパリン起因性血小板減少症(HIT)
- ・ 特発性血小板減少性紫斑病(ITP),全身性エリテ マトーデス(SLE),抗リン脂質抗体症候群(APS)
- ・ 体外循環 など
2.骨髄抑制/骨髄不全をきたす病態
- ・ 造血器悪性腫瘍(急性白血病,慢性骨髄性白血病 の急性転化,骨髄異形成症候群,多発性骨髄腫, 悪性リンパ腫の骨髄浸潤など)
- ・ 血球貪食症候群
- ・ 固形癌(骨髄浸潤あり)
- ・ 骨髄抑制を伴う化学療法あるいは放射線療法中
- ・ 薬物に伴う骨髄抑制
- ・ 一部のウイルス感染症
- ・ 造血器悪性腫瘍以外の一部の血液疾患(再生不良 性貧血,発作性夜間血色素尿症,巨赤芽球性貧血 など)
3.肝不全,肝硬変,脾機能亢進症
4.敗血症
5. Bernard-Soulier 症候群,MYH9 異常症(May-Hegglin 異常症など),Wiskott-Aldrich症候群
6.希釈
- ・ 大量出血
- ・ 大量輸血,大量輸液
- ・ 妊娠性血小板減少症 など
7.偽性血小板減少症
FDP上昇
- 1.血栓症:深部静脈血栓症,肺塞栓症など
- 2.大量胸水,大量腹水
- 3.大血腫
- 4.線溶療法
フィブリノゲン低下
- 1. 先天性無フィブリノゲン血症,先天性低フィブリノゲン血症,フィブリノゲン異常症
- 2.肝不全,低栄養状態
- 3. 薬物性:L-アスパラギナーゼ,副腎皮質ステロイド,線溶療法
- 4. 偽低下:抗トロンビン作用のある薬剤(ダビガトラン など)投与時
プロトロンビン時間延長
- 1.ビタミンK欠乏症,ワルファリン内服
- 2.肝不全,低栄養状態
- 3.外因系凝固因子の欠乏症またはインヒビター
- 4.直接経口抗凝固薬内服
- 5.偽延長:採血量不十分,抗凝固剤混入
アンチトロンビン活性低下
- 1.肝不全,低栄養状態
- 2.炎症による血管外漏出(敗血症など)
- 3.顆粒球エラスターゼによる分解(敗血症など)
- 4.先天性アンチトロンビン欠乏症
- 5.薬物性:L-アスパラギナーゼなど
TAT,SFまたはF1+2上昇
- 1.血栓症:深部静脈血栓症,肺塞栓症など
- 2.心房細動の一部
注)ただし,上記疾患にDICを合併することもある.
表II-3 DIC診断基準
注)
- ・ (※1):血小板数>5万/μLでは経時的低下条件を満たせば加点する(血小板数≤5万では加点しない).血小板数の最 高スコアは3点までとする.
- ・ FDPを測定していない施設(D-ダイマーのみ測定の施設)では,D-ダイマー基準値上限2倍以上への上昇があれば1 点を加える.ただし,FDPも測定して結果到着後に再評価することを原則とする.
- ・ FDPまたはD-ダイマーが正常であれば,上記基準を満たした場合であってもDICの可能性は低いと考えられる.
- ・ プロトロンビン時間比:ISIが1.0に近ければ,INRでも良い(ただしDICの診断にPT-INRの使用が推奨されるとい うエビデンスはない).
- ・ プロトロンビン時間比の上昇が,ビタミンK欠乏症によると考えられる場合には,上記基準を満たした場合であっ てもDICとは限らない.
- ・ トロンビン-アンチトロンビン複合体(TAT),可溶性フィブリン(SF),プロトロンビンフラグメント1+2(F1+2):採 血困難例やルート採血などでは偽高値で上昇することがあるため,FDPやD-ダイマーの上昇度に比較して,TAT や SFが著増している場合は再検する.即日の結果が間に合わない場合でも確認する.
- ・ 手術直後はDICの有無とは関係なく,TAT,SF,FDP,D-ダイマーの上昇,AT の低下などDIC類似のマーカー変動 がみられるため,慎重に判断する.
- ・ (※2)肝不全:ウイルス性,自己免疫性,薬物性,循環障害などが原因となり「正常肝ないし肝機能が正常と考えら れる肝に肝障害が生じ,初発症状出現から8週以内に,高度の肝機能障害に基づいてプロトロンビン時間活性が 40%以下ないしはINR値1.5以上を示すもの」(急性肝不全)および慢性肝不全「肝硬変のChild-Pugh分類BまたはC(7 点以上)」が相当する.
- ・ DICが強く疑われるが本診断基準を満たさない症例であっても,医師の判断による抗凝固療法を妨げるものではない が,繰り返しての評価を必要とする.
血小板数の値により,0~3点までの範囲でスコアリングされるが(旧基準と同じ区切り値を採用),24時間以内に30%以上の減少がみられればさらに1点を加える.ただし,血小板数≤5万では24時間以内に30%以上の減少がみられても加点しないために,血小板数の最高スコアは3点までとする.
FDPも旧基準と同じ区切り値を採用した.FDPを測定せずにD-ダイマーのみ測定している施設では,暫定的にD-ダイマー基準値上限2倍以上への上昇があれば1点を加える.このような場合においても,FDPも測定して結果到着後に再度スコアリングを行うことを原則とする.なお,FDPまたはD-ダイマーが正常であれば,新基準を満たした場合であってもDICの可能性は低いと考えられるので注意すべきである.
フィブリノゲン,プロトロンビン時間比は旧基準と同じ区切り値とスコア点を採用した.プロトロンビン時間は,旧基準同様にプロトロンビン時間比による表記を採用しているが,ISIが1.0に近ければ,INRでも良い.ただしDICの診断にPT-INRの使用が推奨されるというエビデンスはない.また,プロトロンビン時間比の上昇が,ビタミンK欠乏症によると考えられる場合には,新基準を満たした場合であってもDICとは限らない.
AT活性は旧基準では採用されていなかった検査項目であるが,今回新たに採用した.AT活性が70%以下であれば1点のスコアを与える.
凝固線溶系分子マーカーも旧基準では,スコアリング項目としては採用されていなかった検査項目であるが,新基準において新たに採用した.基準範囲上限の2倍以上でれば1点を与える.なお,採血困難例やルート採血などでは偽高値により上昇することがあるため62),FDPやD-ダイマーの上昇度に比較して,TATやSFが著増している場合は再検する.これらの分子マーカーを院内測定していないなどの事情で即日の結果が間に合わない場合であっても,必ず確認してDIC診断に活用する.
手術直後はDICの有無とは関係なく,TAT,SF,FDP,D-ダイマーの上昇,ATの低下などDIC類似のマーカー変動がみられるため,慎重に判断する.
肝不全に関しては,急性肝不全と慢性肝不全を含んでいる.急性肝不全は,厚生労働省難治性の肝・胆道疾患に関する調査研究班が「劇症肝炎」に代わる新しい「急性肝不全」の診断基準102, 103)を作成しているので,それを採用した.すなわち,ウイルス性,自己免疫性,薬物性,循環障害 などが原因となり「正常肝ないし肝機能が正常と考えられる肝に肝障害が生じ,初発症状出現から8週以内に,高度の肝機能障害に基づいてプロトロンビン時間活性が40%以下ないしはINR値1.5以上を示すもの」とした.慢性肝不全は,「肝硬変のChild-Pugh分類BまたはC(7点以上)」とした104).
新基準は,主治医の治療方針を拘束するものではない.すなわち,DICが強く疑われるが本診断基準を満たさない症例であっても,医師の判断による抗凝固療法を妨げるものではない.このような場合においても,繰り返しての評価を必要とする.
5) DIC診断に関連するその他の検査と意義
DICの診断がなされた後に,DICの病型分類,病態評価を行う上での有用なマーカーを表II-4に列記した.
表II-4 DIC診断に関連するその他の検査と意義
6) 旧基準と新基準の相違点
新基準では,アルゴリズムを用いて基礎病態により診断基準を使い分けることを明確にした.旧基準においても白血病群,非白血病群でスコア法を変える工夫がなされていたが,新基準では造血障害型のみならず感染症型でも診断基準を使い分けることを明確にした.
造血障害型において血小板数をスコアから除く点については,旧基準の白血病群でも同様の配慮がなされていたが,新基準ではさらに感染症でフィブリノゲンをスコアから除いた.
旧基準では基礎疾患と臨床症状でもスコアリングが行われていたが,新しい基準では既述の理由により削除した.
血小板数に関しては,旧基準では加点されなかった経時的減少が新基準では1点の加点項目とした. AT に関しては,暫定案の解析結果を踏まえ診断基準に組込むこととした.ただし,この診断基準は,AT活性が70%未満であっても必ずしもAT 製剤投与を推奨するものでない.AT製剤投与の可否に関してはあくまでも主治医の判断によるものであることを付記する.
凝固線溶系分子マーカーを診断基準に組込むことに関しては,多くの委員の熱い思いがあった.どの分子マーカーが良いのかなどの検証が必要であるが,分子マーカーが組込まれた診断基準は世界的にも斬新なものである.
旧基準においても肝硬変および肝硬変に近い病態の慢性肝炎では3点減ずることになっているが,臨床現場では必ずしも適切に行われているとは限らず,DIC誤診の原因の一つになっていた.新基準ではこのような背景のもと,従来適用されなかった劇症肝炎症例も念頭に,肝不全で3点減じることを診断基準の表の中に組込んだ.
6.今後の方針
今回提出した新基準に関しては,種々の医療機関で検討されることが望まれる.その結果を踏まえ,新基準に修正が加えられる可能性もある.
著者の利益相反(COI)の開示:
松下 正 講演料・原稿料(バイオジェン・ジャパン(株))
その他の著者全員の利益相反(COI)の開示:本論文発表内容に関連して開示すべき企業との利益相反なし
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